ここに文章を書きます。
           鹿児島県隊友会

 支部等の活動状況

                鹿児島地区協議会納涼大会を開催
  鹿児島地区協議会は、8月15日(日)納涼大会をホテル福丸で開催した。今回は、南支部担当で参議院議員宇都隆史議員夫妻、賛助会員の奄美駐屯地医官小川氏、杉尾特別会員、お子様を含め35名が参加した。宴の始まる前に長年の功績により本部長表賞が西支部の名越春男さんに渡され紹介された。家族的な雰囲気の中、話が盛り上がりまた、素晴らしい歌も飛び出しあっと言う間の2時間がすぎ、次回担当の佐野中央支部長の挨拶で令和初めての納涼大会の幕を閉じた。

        鹿児島地区協議会と家族会で12普通科連帯4中隊行軍を激励
 8月7日、12普通科連隊4中隊長以下約60名が市内の吉野公園から姶良市までの行軍を行った。鹿児島地区協議会東支部と家族会合わせて20名が0700に吉野公園に集まり、ドリンクの差入れ等を行い激励した。背嚢も新しくなって、救急品袋も大きくなっており時代の変化を感じました。
                                 鹿児島地区協議会事務局長 後藤光一 記

               さつま支部慰霊塔・楠木神社の清掃実施
 令和元年8月4日(日)にさつま町内の慰霊塔並びに楠木神社の清掃を実施しました。今年も猛暑日が続き、隊友会員も高齢となってきて熱中症が心配されましたが幸い杞憂に終わりほっとしました。
 今回からさつま町商工会の有志の方も隊友会と一緒になって草刈り、慰霊塔は高圧洗浄機を使用して洗浄も併せて行いました。隊友会から17名商工会から5名の方が参加され商工会の方は軽トラックに水タンク、発電機、高圧洗浄機を積載し苔むしていた慰霊塔を念入りに洗浄され見違えるほどに蘇ってきました。
 今回新たに清掃を実施しました楠木神社の由来について紹介したいと思います。薩摩藩の勤皇党の一人である伊集院の有馬新七が安政の大獄がおこり身の危険を感じ摂津の湊川の民家に潜伏していた時、たまたま楠公の菩提寺広厳寺に楠公の木像が安置されていることを知り、同寺を訪れたところ木像は見る影もなく荒れ果てていて、僧侶の内諾を得て譲り受け、楠公の木像を郷里に持ち帰り伊集院石谷村丸岡に社殿を造営し文久元年に遷座式を挙行した。明治3年に皇軍神社となり、明治10年に宮之城地区長辺見十郎太の請により宮之城村に遷祠された。戦後この社殿が甚だしく荒廃したので昭和44年に現在のコンクリート造りの社殿が完成した。
                                        さつま支部長 末永幸里 記



                 瀬戸内支部、現役自衛官と共同でボランティア清掃
 7月28日(日)、瀬戸内支部は、10日に開催される瀬戸内町戦没者追悼式及び15日の終戦の日を迎えるにあたり、陸上自衛隊瀬戸内分屯地(10名)、海上自衛隊奄美基地分遣隊(10名)、瀬戸内町遺族会(1名)、瀬戸内支部(9名)が共同して、町の慰霊塔・富山丸供養塔のボランティア清掃活動を行うとともに、戦没者の御霊に追悼の誠を捧げて参りました。尚、今年から瀬戸内分屯地が開設されたことに伴い、陸自瀬戸内分屯地・海自奄美基地分遣隊にも参加を呼びかけ、国の防衛を志す現役・OBが共同して活動を行いました。
                                       瀬戸内支部長 碩  悟 記

                    前列右から3番目が瀬戸内支部長

                                  自主情報伝達訓練を実施
  隊友会鹿児島地区協議会は、令和元年7月15日(月)1000〜1200の間、情報伝達訓練を実施した。薩摩大隅地区に前線が停滞し、大雨特別警報が発せられたとの想定のもと、あらかじめ指定していた情報提供者10名から情報提供を頂いた。情報提供者の皆さんは訓練想定に基づき、発生が予想される状況を作成して報告してきた。現役時代偵察小隊長を実施していた矢臼別での検閲を思い出しながら、事務局に設置した対策本部で提供された情報資料を整理した。終了後、石崎会長、佐野支部長、川原県副会長と検討会を実施した。情報提供者の対象者に対して、情報提供者としての意識を持って頂くため、毎年お願いの文書を送付することなどを検討した
                                   鹿児島地区協議会 事務局長 後藤光一記


             鹿児島豪雨下、姶良支部が避難所運営を支援
 6月28日から九州付近に停滞する梅雨前線の影響で、薩摩・大隅地方は記録的な大雨に見舞われ姶良市も全市避難指示(レベル4)が出された。7月3日(水)姶良市は避難者の増加(最大時897名)により19ヶ所の避難所を開設したが、各避難所への市職員の配置が困難となり防災協定に基づき姶良支部に避難所2ヶ所の運営の支援依頼をした。支部は直ちに支援可能な要員を募り、7月3日昼から姶良小学校体育館と高齢者福祉センターの2ヶ所の避難所で、4日朝雨が止み住民が帰宅するまで会員4名で支援した。(支援内容は避難住民の受付、毛布の配布、2時間毎の避難住民の数・世帯数の把握・報告、住民からのリクエストの市への伝達等であり市役所に集合時指示された。)幸い市民には大きな被害もなく支部会員も無事であった。
 平成28年の市との防災協定締結後、防災訓練に参加してきたが実状況下での支援は初めてであった。本状況では市全域が避難指示(レベル4)の状況下、支部会員全員もその状況下であり、かねてから各種活動に積極的な会員でも、平日であり仕事中、自治会役員で活動中、高齢(病弱)、大雨下に奥さんを一人家に残すのは不安、支援期間・内容が不明等の状況により支援困難な会員が多く要員の確保に苦労した。通常の防災訓練は休日の昼間、支援内容・訓練終了時間も明確、時間も短時間のため多くの参加者を得ているが、日常と有事下の活動は異なり戦力の違いがあることを想定しておかなければならない。
 災害状況(規模、地域、種類)、支援内容・期間により異なると思われるが、実状況下でも支援の可能性の高い(係累が少ない)会員のリストアップ等による支援可能人員見積、市とは支援内容・要領の平素からの標準化等を整備しておき、災害状況に合った実行可能な協力を調整準備し、かつ支援依頼は努めて早期の調整(1〜2日前)の必要性を感じた。
                                        県会長   宮口修一  記


                姶良小学校体育館で受付中の徳永支部長

                  鹿児島地区協議会総会及び長寿表彰について
 6月23日(日)社会福祉協議会にて令和元年度鹿児島地区協議会総会が会員41名の参加を得て行われた。今年は25年勤続表彰8名、地区協議会表彰会長3名を表彰した。 
 総会においては、西支部坂下2分会長の議長の下、議案が整斉と審議された。特に今年は新たな事業である隊友会による家族支援の要領及び協議会として初めて実施する大規模災害時の情報提供訓練について説明し、協力をお願いした。総会後は和気藹々と会食懇談を実施し終了した。
 その後、協議会会員として初めて満100を迎えられた南支部の上村毅隊友の長寿祝いのためご自宅に伺い、祝いの盾を添えて表彰した。上村隊友はお元気なご様子でかくしゃくとされておりご家族の皆様にも同席していただき喜んでいただいた。ちなみに上村隊友は旧軍も経験しており中国大陸では戦車兵として従軍し、自衛隊では国分駐屯地業務隊長を最後に昭和44年退官されています。
                                鹿児島地区協議会 事務局長 後藤光一記


                       総会時の写真


               白寿祝いの表彰(中央が上村 毅隊友、左側が石崎会長)


                            第8施設大隊訓練検閲出陣式に参加  
 6月14日、薩摩川内支部は第8施設大隊(大隊長 徳田幸隆2佐以下約250名)の師団長訓練検閲(16日〜28日)の出陣式に参列し、部隊を激励しました。
 式は、大隊長が「国際情勢はいつ戦闘状態に入ってもおかしくない。隊員諸官の訓練練度以上に、私が最も信頼しているのは隊員一人ひとりが秘めている『8施魂』である。それぞれの持ち場で十二分に力を発揮して貰いたい。」と訓示され、各中隊長の決意表明の後、協力団体代表の薩摩川内市防衛協会会長挨拶に続いて、隊友会薩摩川内支部等の協力団体が激励品を謹呈し、全隊員で勝鬨を上げて士気旺盛のうちに終了しました。大隊が任務を達成し、意気高らかに凱旋することを祈る次第です。                                                                薩摩川内支部長 小楠功一 記 





 


 
 横川支部(支部長・藤崎健)は、5月23日、霧島市横川町で実施された「霧島市総合防災訓練」に参加した。この訓練は、国分駐屯地第12普通科連隊重迫中隊、DMAT、ドクターヘリ、警察、消防、小学校、地域の住民など、約40諸団体が参加協力し実施されている。自衛隊ヘリも当日訓練参加予定であったが、災害派遣(屋久島)に出動のため不参加であった。訓練では隊友会として、横川支部から5名、国分支部から5名、隼人支部から5名を参加させ、国分駐屯地第12普通科連隊重迫中隊の災害避難民の捜索および人員搬送訓練時に連携し、避難所までの安全な避難民誘導を訓練支援した。
  

      


               薩摩川内支部、12普連2中隊更新訓練激励
 薩摩川内支部支部長小楠功一以下4名は5月30日、市内宮里公園で、薩摩川内市防衛協会及び自衛隊薩摩川内市家族会とともに、12府連2中隊の隊員40名の徒歩更新訓練を激励しました。行進は0830から1445までの間、市内の宮里公園〜亀山小前〜育英小前〜宮里公園の区間を徒歩行進するもので、行進前に薩摩川内支部長から、「隊区の地形に慣れ、地域住民に馴染んで頂きたい」旨の激励、中隊長からは「訓練練度向上、地形慣熟、地域住民への広報及び募集広報を図りたい」旨挨拶が有りました。

  

           佐藤正久参議院議員の防衛講話が瀬戸内町で開催  
 平成31年4月27日(土)、隊友会瀬戸内支部は、瀬戸内町防衛協力関係団体と共催し、外務副大臣・参議院議員、佐藤正久先生による防衛講話を開催し、町のきゅら島会館に約120名が来場し、「激動する東アジアの安全保障情勢」をテーマにした講話を聴衆した。講演の中で、中国による東シナ海での海洋基地建設・緊急発進999回の内、中国機に対しては638回など活発化する中国の進出を説明、南西諸島の防衛強化の意義に触れ、兵站機能の重要性の中で「陸自所属の輸送部隊の新設とその拠点整備」の検討に入っていることを説明した。又、奄美駐屯地・瀬戸内分屯地の隊員は、郡島民を守るため日々訓練を行っており、地域の安全安心と抑止力のための環境整備を進めたいと抱負を述べられた。       瀬戸内支部長  碩 悟

     

                        薩摩川内市と大規模災害時における協定を締結
 鹿児島県隊友会薩摩川内支部は、薩摩川内市役所において平成31年4月18日、薩摩川内市(岩切秀雄市長)と『大規模災害時における応急措置等に関する協定書』を締結した。
  協定は、当初「大規模な災害から市民の生命、身体及び財産を守るために支部が市に協力する。」という考え方で市に提案したが、 災害対策基本法第六十五条(応急公用負担等)、同第八十四条(応急措置の業務に従事した者に対する損害補償)の規定を踏まえ、「大規模な災害から市民の生命、身体及び財産を守るために行う応急措置業務等に関し、市が支部に従事を要請するとの考え方に依り締結した。薩摩川内市は、過去幾度となく大規模な風水害にみまわれている。また、川内原子力発電所が市域内に立地しており、原子力災害への備えも必要である。調印式において市長から「いつどこで大規模災害があるかはわからない。
 いざという時に力を貸していただければありがたい。」との挨拶があった。
                       薩摩川内支部長 小楠功一 記
    

            新編瀬戸内分屯地隊員との歓迎交流会について
 瀬戸内支部は4月11日(土)瀬戸内町防衛協力関係5団体と共催して、新編された瀬戸内分屯地隊員と歓迎交流会を開催しました。町民を代表して鎌田愛人瀬戸内町防衛協会会長(瀬戸内町町長)が誘致活動の経緯と分屯地が開設されたことに敬意を表するとともに町民にとって誇りであり子供たちにとっても規律正しさなど良い影響を与えることが出来、又、積極的に町のイベントに参加して頂き家族共々第2の故郷として勤務することを希望しますと歓迎の言葉を述べられ、瀬戸内分屯地司令の古場大佑3等陸佐が、自衛隊誘致と町民が盛大に歓迎して頂いた感謝とお礼の後、1 地域の活動に積極的に参加する。2 瀬戸内町の歴史を知る。3 使命を果たす。と決意の言葉を述べられ、引き続き、議会を代表して防衛議員連盟の会長代理の向野忍副会長が乾杯の音頭を取り、余興の後、隊友会瀬戸内支部長の万歳三唱で締めくくり大盛会の内に終了した。
                                         瀬戸内支部長 碩  悟

 
     挨拶中の鎌田町長                             交流会余興

               鹿児島戦没者墓地慰霊祭に参加
 平成31年鹿児島戦没者墓地慰霊祭が3月31日、遺族・部隊長等の来賓・遺族等40名、隊友会会員約42名の参加を得て、桜のほぼ満開の鹿児島戦没者墓地(永吉公園)で行われた。当日は朝0800から永吉町内会10数名の協力を得て、隊友会24名と合同でまず清掃を実施して会場を美化した。
国分駐屯地音楽隊の式前の演奏で盛り上がったところで慰霊祭が始まった。前段は護国神社宮司らによる厳かな慰霊の神事が執り行われ、隊友会副会長はじめ相談役、鹿児島地協長及び9個支部長の玉串奉奠などが行われた。後段は、遺族、現職指揮官等の来賓の紹介のあと、県歴史資料センター黎明館の主任学芸専門員の吉井秀一郎様による記念講演として日露戦争当時の将軍は鹿児島出身者が多くを占めているなど西南戦争がなければもっと状況は変わっていたかもしれないなど、当時の我謝少尉(吉井様祖祖父)の家族の状況などについて詳しく講話をして頂いた。
 その後昨年から準備した墓石の氏名等、歩兵第45連隊戦闘経過等を記した墓碑記録を吉井秀一郎様に遺族を代表して授与した。そして国分駐屯地音楽隊による献奏が実施されリンゴの唄等全員の合唱で盛り上がった。最後に郷友会会長によるお礼の挨拶で慰霊祭の幕が閉じた。天幕等の撤収後、隊友会有志で昼食会があり現況紹介などがあり、興味の尽きない話題に盛り上がった。    鹿児島地区協議会事務局長 後藤記


                 (清掃開始前の説明、黄色ジャケットは永吉町内会員)

  

                      奄美駐屯地・分屯地開設記念行事

3月26日(火)に奄美駐屯地・瀬戸内分屯地が開設したのを受け、29日は奄美市において自衛隊側と地元の関係者の間において懇親会(奄美市防衛協力関係団体主催)を開催、30日は瀬戸内町古仁屋市街地で瀬戸内分屯地所在部隊による市中パレードが実施され、31日は奄美駐屯地において編成完結報告・隊旗授与式、記念会食が行われた。この開設を祝い航空自衛隊のアクロバット飛行隊「ブルーインパルス」の展示飛行が行われました。編成完結報告・隊旗授与式において、原田憲治防衛副大臣が「南西地域の空白地域の一部を解消するとともに災害などにも貢献できる。困難にもひるまず、強い使命感で臨む」ことを期待すると訓示され、平田浩二奄美警備隊長1等陸佐が「地元の一員として奄美大島を守る陸上自衛隊の隊員として地域から信頼されるように努めたい」と報道陣(奄美新聞・南海日日新聞引用)に語った。
                                     瀬戸内支部長  碩  悟 記

 
                      〈奄美駐屯地開設記念行事)

 
                      (瀬戸内市中パレード) 


                            瀬戸内分屯地隊員着任出迎え行事
                     (実施場所: 瀬戸内町海の駅緑地公園)
  瀬戸内支部は3月1日、瀬戸内防衛協会、瀬戸内防衛議員連盟、瀬戸内家族会と共に主催団体となり瀬戸内分屯地隊員着任出迎え行事を実施した.。
  鎌田愛人防衛協会会長(瀬戸内町長)が念願であった自衛隊誘致の長年の願いが実現でき大変喜んでいる、皆さんが心置きなく任務遂行できるよう見守り支援したいと歓迎の辞を述べた後、分屯地司令予定の警備隊長の木場大佑3等陸佐が盛大な歓迎行事を開催して頂き、瀬戸内町の住民になるんだという意識があらためて芽生えてきた。皆さんと一緒に瀬戸内町を盛り上げていきたい。とお礼の言葉を述べ、その後、隊友会瀬戸内支部長の分屯地と瀬戸内町がお互いに信頼しつつ発展して行くことを祈念して万歳三唱を行い、行事を締めくくり、出席者で分屯地へ向かう隊員を見送った。                       (瀬戸内支部長 碩  悟) 

  

  


         瀬戸内支部、遺族会、自衛隊鹿児島地本奄美駐在事務所
     と共同して慰霊清掃実施


                 横川支部長隊区部隊訪問挨拶
 平成31年1月10日(金)、藤崎健支部長と支部特別会員の愛甲信雄霧島市議会議員は、国分駐屯地を訪問し、横川町の警備・災害担当部隊である第12普通科連隊重迫砲中隊に新年の挨拶
に行きました。横川支部としても常に連絡網を活用し連絡体制を維持していることをお伝えしました。
                           横川支部 事務局長 立山朋幸 記

  




 恒例となりました戦没者の慰霊碑地域の環境整備を12月8日(土)に藤崎支部長以下7名が参加して行い霧島市横川支所と横川遺族会長様からお礼の連絡を受けております。
  作業終了後の支部忘年会にて、新入会特別会員に会員証を発行し歓迎の円を実施しました。まだまだ小人数ではありますが、特別会員という強い味方を手に入れましたので今後の活動の良きご鞭撻をお願いいたします。

                                                         横川支部事務局 立山
       

         


                
 瀬戸内支部は平成30年12月2日、支部グランドゴルフ大会及び懇親会を実施した。グランドゴルフ大会は海上自衛隊奄美基地分遣隊グラウンドにおいて、支部正会員・特別会員、分遣隊隊員、家族会員を含む24名で実施した。
 昨年は雨天の為中止となり、今年が初めての大会であり、初めてプレーする会員も多く珍プレー好プレーを続出しながら気持ち良い汗をかき和気あいあいとした雰囲気の中でプレーを楽しんだ。終了後、場所を移し懇親会を実施、仕事でGG大会に参加できなかった会員5名も駆けつけGG大会の珍プレー好プレーの腕前に花を咲かせながら、今年の活動を振り返り、来年の活動に向けて意見を交換し、31年度の瀬戸内分屯地開設に向けた話をしながら盛会の内に終了した。
 






     中種子支部(支部長:徳永純、会員16名)では、平成30年10月27日、自衛隊への理解
  を深め、さらに募集広報活動の一環として、海上自衛隊OBの坂口悦二さん秘伝のレシピを提
  供していただいて、「海軍カレーを食べる会」を開催しました。
    会場は地区の公民館をお借りして、濃くのある美味しいビーフカレーを大釜で調理し、会員から
  提供された米8升をガス釜で炊き、地元の社会福祉法人暁星会「あかつき園」のみなさん、行政
  関係者及び当支部関係者を含め総勢40名が集い盛大に開催しました。
    海軍カレーとは、大日本帝国海軍の糧食に由来する海上自衛隊のカレーライスのことをいい、特
  徴は小麦粉を炒めて作った粘度の高いとろみをつけたルーを使い、原則として「カレーライス」と副食
  の「サラダ」と「牛乳」の3点セットで提供することをいい、何杯でもお替わり自由の呼び掛けに、参
  加者も笑顔でお替わりしながらのあっという間の完食でした。
    その後、支部関係者の懇親会を行い、焼酎・ビールで秋晴れの中、大いに盛り上がりました。



           

           

              国分支部・隼人支部情報伝達訓練を実施
 平成30年10月25日、隊友会国分及び隼人支部は、大規模災害時の現地住民情報の提供に関する情報伝達の自主訓練を実施した。第12普通科連隊と鹿児島県隊友会は、県内において大規模災害が発生した場合、自衛隊の災害派遣活動に対しての協力に関する合意書を、平成22年に締結した。8年が経過して合意書の認知が薄れ形骸化が懸念されることから、県隊友会として、今年度からこれに関する自主的な訓練を順次計画することとした。今回は、国分及び隼人支部長が主旨を踏まえて積極的に取り組んだ結果、初回としては十分な成果があった。訓練内容は、想定を霧島市が大雨特別警報発令中で災害が発生している状況とし、市の防災マップを基にして自宅周辺の想定被害を支部長へ通報するというものであった。参加者については時間的制約から一部の会員に限られたものの、訓練実施上の問題点、実際の場合の限界、考慮事項、問題点が把握できた。特に連隊の2科長経験者や86水害で実際に活動した経験者から貴重な意見があり有意義であった。来年度以降、他の支部にも今回の成果を反映した訓練を広げていく予定である。なお、オブザーバーとして参加した12普連の2科長及び担当陸曹と意見交換ができた。最後に、県隊友会の村山会長から、「両支部長が積極的に取り組んだ結果、良い訓練ができたと思う。来年から県下各支部もよく考えて訓練に臨んでもらえれば、情報ネットワークがより生きたものになっていくと考える。」との所見があって、訓練を終了した。
                               副会長  平原 誠 記


          第12普通科連隊第4中隊の隊区内行進訓練を激励
 平成30年10月25日、姶良支部は第12普通科連隊第4中隊の行進訓練を姶良市家族会及び姶良市危機管理課職員とともに姶良市脇元公民館で出迎え飲物を差し入れて激励した。支部はかねてから姶良地区での訓練を要望していたが、前田中隊長以下約60名は、演習や駐屯地記念行事準備等多忙な中、今年もまた警備隊区である姶良市で行進訓練を計画し、急傾斜地崩壊危険個所の偵察及び姶良市隊友会・家族会との交流を兼ねて実施して市民と共にある自衛隊の勇姿を姶良市民に示してくれた。
 訓練は吉野公園を早朝出発して県道沿いに北上し吉田支所から再度吉野の台地上に東進、重富小学校近くの岩剣城麓を経て姶良市脇元公民館に正午に到着して約20qの行進訓練を終了した。公民館で出迎えた我々にも第4中隊が炊事車で調理したカレーを振舞われ美味しく頂き私はおかわりもした。第4中隊は、水道凍結による給水のため姶良市に災害派遣の功績もあり市民から感謝されている。駐屯地のない姶良市であるが姶良支部は姶良市を警備隊区とする第4中隊を我が町の自衛隊と思い(片思いかもしれないが)交流を深めようと機会があるたびに姶良市での訓練を要望し、この訓練がやってくるのを楽しみにしていた。食事前、特別会員であり地元選出の酒匂県議会議員、徳永支部長、中釜姶良市家族会会長から激励の言葉、地元出身・在住隊員から隊友会・家族会への挨拶があり昼食・懇談に移った。次回は是非野営(バーベキュー)を含む訓練を約束し交流は有意義に終了した。                         姶良支部相談役 宮口修一
   

         写真は、市街地を行進中の第4中隊と、激励中の徳永支部長 

           平成30年度薩摩川内支部GG大会開催
  薩摩川内支部は平成30年度支部グラウンド・ゴルフ大会を10月13日、支部会員・家族14名の他樋脇支部5名、入来支部1名、自衛隊薩摩川内市家族会10名の参加を得て、樋脇グラウンド・ゴルフ場において開催した。
 樋脇グラウンド・ゴルフ場は、平成29年4月1日にオープンし、最大8コース、64ホールのグラウンド・ゴルフ専用の全面天然芝でアンジュレーション(起伏)のある、日本グラウンド・ゴルフ協会認定コースである。
 イレギュラーバウンドがなく、また芝の濃薄がないため打球の速度にムラがなく、気持ち良くプレーできます。当日は絶好の好天に恵まれ、日ごろ鍛えた実力を発揮しながら、緊迫した中にも和気あいあいとした雰囲気の中でプレーを楽しんだ。成績は、田島花子さん(家族会)が優勝、2位に小原静雄さん、3位に岩下博海さんと経験豊富な方々が上位に入った。小原さんは、会員数1200名を誇る薩摩川内市グラウンド・ゴルフ協会の会長でもある。皆さんが気持ち良い汗をかき、来年の参加を約束して終わった。

   
                     平成30年度鹿児島戦没者墓地清掃及び分会長等会議
 鹿児島地区協議会は10月13日、永吉公園内の鹿児島戦没者没のボランティア清掃を行った。今回は紅一点として家族会員の上笹貫夫人を含む21名の会員が参加した。清掃終了後、墓石の氏名確認作業の未終了部分を確認記録し、南支部を除くほとんどの墓石確認作業が終了した。墓石の古くなるのと同時に会員の高齢化も進み、足の痛みを抱えながらもボランティアに参加されている隊友に感謝でした。墓地の作業が終了し分会長等会議が行われ、中間報告を行った。会員の減少に伴う施策、事業の検討など事後の課題も出ました。最後に会食しながら、楽しく団欒して今回の行事を終了した。

                  鹿児島戦没者墓地墓石名確認作業実施について
 鹿児島戦没者墓地は日露戦争でなくなられた個人墓が約600柱存在しているもののその亡くなられた方の名簿記録が存在しない。8月、四国の方が、日露戦争でなくなった先祖の墓を見舞いたいとの連絡があり、どこにどなたの墓があるかを答えられなかった。遺族の方々はすでに孫・ひ孫の世代であるが、いまだに墓参が続いている。
 墓石の名簿作成の必要性を痛感した田島戦没者墓地顕揚会会長から鹿児島地区協議会が記録作業の依頼を受け、この9月29日(土)、支部の有志が集まり名簿記録作業を実施した。まだ調査段階ではあるが、努めて早期にまとめたいと考えている。われわれの大先輩が中国大陸などで日露の大戦を戦い日本国のために命を落とした。明治維新150年の節目に本作業を支援できるのも何かの縁ではないかと思いながら作業を実施した。霊よやすらかに、合掌 m(_ _)m。            鹿児島地区協議会事務局長 後藤光一 記


          平成30年度鹿児島地区協議会グラウンドゴルフ大会開催
 平成30年9月24日敬老の日に吉野公園において平成30年度鹿児島地区協議会グラウンド・ゴルフ大会を実施し、家族会6コチームを含む11個チーム、60名が参加した。
 昨年は台風で中止となり、今年は前日の予報、レーダーアメダスを確認し、レーダー雨雲が午前中で切れる模様を早朝に確認し実施を決定。雨がちらつくも曇りベースで涼しい大会となった。大会結果は、東Aチームが5個のホールインワンもあり優勝した。第2位は西支部であった。
 家族会は混成家族会、第2位は東家族会Aチームであった。個人成績は中央支部参加の江口朗さん、第2位が混成家族会の村上敏邦さん、第3位が南混成の鮫島睦男さんと隊友から上位はなかった。ゲーム終了後、採点の合間を利用して短距離の一発ゲームを行い大会を盛り上げた。閉会式はあいにくの雨となったが盛会でした。

              鹿児島地区協議会納涼カラオケ大会開催     
   鹿児島地区協議会は、8月19日(日)1600から市内のホテル福丸において恒例の納涼大会を開催しました。今年は西支部の担当で、支部代表3名の対抗によるカラオケ大会が企画され、家族・女性会員を含む38名が参加しました。一人が歌い終わる度にテーブルごとに採点した点数カードを表示してその合計点で競い合いましたが、女性や自分の支部には甘い点が出るなど終始和やかで大いに盛り上がった会となりました。最高齢87歳の梶原隊友率いる東支部の優勝となりましたが、支部対抗戦が終わっても次々と飛び入りの歌が続き、来年の担当である横手南支部長の挨拶で楽しい3時間の幕を閉じました。